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時計買取 雑記

腕時計の歴史と愛好家憧れの時計見本市

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腕時計は戦争をきっかけに広く普及

腕時計の歴史の始まりは1800年初頭と言われています。時計自体の歴史は紀元前3500年頃の日時計が始まりとされています。日時計の後は、砂時計や火時計、水時計、振り子時計など、進化していきました。そして、1500年頃には懐中時計が登場し、広く普及します。

1800年初頭にフランスの皇帝ナポレオンが時計宝飾師に腕時計をつくらせました。この時の腕時計は、小さな時計にブレスレットをつけた簡易的なものでした。当時の技術では小さなサイズの腕時計を実現することができず、精度も低めです。また、宝飾品というイメージが強かったこともあり普及することはありませんでした。その後も懐中時計の時代が続きます。

腕時計が広く普及するきっかけとなったのが戦争です。1880年にドイツ皇帝がジラール・ペルゴーに海軍将校用の腕時計を2,000個つくらせました。戦争ではモールス信号が使われますし、戦場で懐中時計を取り出して時間を確認する余裕はありません。
また、ポケットから取り出し、時間を確認するのに片手が塞がってしまいます。そのため、腕に巻きつけていつでも時間を確認できる腕時計の需要が高まったのです。腕時計であれば片手が塞がることもありません。

1914年には第一次世界大戦が開戦します。この頃には、腕時計にも高い精度が求められます。さまざま兵器の使用や飛行機の操縦に狂いのない時計が必要になったからです。そのため、パイロットウォッチで有名なブライトリングはクロノグラフ腕時計を開発します。

クロノグラフが誕生したのは1915年の戦時中でした。ストップウォッチ機能がついたクロノグラフ時計は一気に広まります。また、アメリカではハミルトンが軍の時計納入業者になり、軍用時計を生産します。

 

時計の技術が進んだルネッサンス期

ルネッサンスがなければ腕時計はなかったとも言われます。紀元前に時計の歴史が始まりました。この頃は、立てた柱(棒)が日光に照らされて出る影の方向によって時間を知る日時計が使われていました。当時は、今のような時計技術はありませんし、時間を細かく刻むまでの必要性自体を感じていなかったのでしょう。

紀元前46年にユリウス暦が採用されます。ユリウス暦は1年を365.25日とする太陽暦のことです。元々は、共和政ローマや帝政ローマの暦で、ヨーロッパを中心に広く採用されました。ユリウス暦は1年が365.25日なので、4年に1度366日となります(うるう年)。

その後、ローマ皇帝のコンスタンティヌス一世が日曜日を休日として制定します。しかしこの時代は、今ほど時間というものが重要視されていなかったのでしょう。「なんとなく」の時間でもそれほど大きな問題はなかったように思います。共同体の中での時間だけが必要とされていたのでしょう。ヨーロッパでキリスト教会に備え付けられた塔時計が人々の前に現れるのは13世紀〜14世紀です。

キリスト教会の塔時計は、人々を支配する教権の象徴だったと言われます。なぜなら、時計を持つことができたのは教会だけだったからです。つまり、教会に時間を所有されていたのです。教会の鐘が伝える時間によって、人々はスケジュールや行動を決めていたからです。教会の時計に合わせた生活をしていたのです。

このような生活はルネッサンス期の到来によって変わります。ルネッサンスとは14世紀末から16世紀初頭にかけてヨーロッパに広がった芸術や学術の革新運動のことです。ルネッサンスによって人間の自由意思が唱えられ、教権に対してヒューマニズムが勃興します。十字軍の失敗もあって教会の権威は弱まっていきました。その一方で、自由な生活を手にする市民は増えていきました。

やがて時計に応用されるゼンマイ動力の利用が始まったのはこの頃です。また、ガリレオやケプラー、コペルニクスなどが新しい技術の開発もルネッサンス期に始まります。
1657年にはホイヘンスの振り子の等時性の利用が行われます。1671年にはアンクル型脱進機の発明がウィリアム・クレメントにより行われ、1675年にはヒゲゼンマイがついたバランスホイールの開発が再びホイヘンスによって行われます。このように新たな技術開発の連続によって今日の時計へと近づいていくのです。

時代とともに変わっているのは時計業界だけではありません。社会全体も大きく変わっています。たとえば、大航海時代を経て絶対主義下の重商主義へ変わるなかで、資本主義などが急速に成長をしていきます。そして、富裕層が時計を持つことは珍しいことではなくなったのです。

 

腕時計誕生に影響を与えた宗教改革

腕時計の歴史を知るには、ルネッサンスとともに始まった宗教改革にも目を向ける必要があります。ルネッサンスは貴族などと結びつき広まりましたが、一般市民は宗教改革を通じて教権と対立することになります。
フランス出身のカルヴァンが亡命してスイスのジュネーヴに拠点を設け、ルターはヨーロッパの北側で先頭に立ちました。

この時ジュネーヴに拠点を構えたカルヴァンに従事したカルヴィニストが、今や腕時計業界を引っ張るスイス時計産業の基礎を築き、支えた人たちです。この人たちは、1562年〜1598年まで続いたユグノー戦争中に起きた1572年にサンバルテルミーの虐殺を経て、ようやく信教の自由を手に入れた人たちです(1598年ナント勅令)。

カルヴァン主義者のカルヴィニストは、信仰だけの話ではありません。その活動は幅広い社会活動にも及びます。職業召命観もカルヴァン主義で外せないものです。召命とは、神に召されて使命を与えられることです。

カルヴァンは「世俗的職業は神の栄光を実現するために人間が奉仕する場である」とし、積極的に意義づけました。禁欲的に職業に励み、自己=神の意思を実現する道具と自覚したのです。そして、働いて得た利益で蓄財を奨励しました。この考えのもと労働に力を入れた人たちが得意とした仕事が時計づくりでした。

ところが、人々が信教の自由を手に入れる1598年のナント勅令は1685年に廃止されます。これにより、ユグノーへの弾圧が再び始まることになります。職業召命観によって労働への考えが根付き、時計づくりを得意としていたユグノーは亡命を始めます。亡命後のユグノーの行き先は、スイスジュネーヴです。なぜなら、ジュネーヴにはカルヴァンの拠点があるからです。

ジュネーヴには多くのユグノーが入り、スイス時計に携わる人の数が急増しました。それまでもジュネーヴは美しく高性能な時計を生み出し、国際的に競争力のある地域でした。なぜなら、ジュネーヴの地場産業としてエナメル技術があり、時計づくりにも活かしていたからです。

このような背景があり、スイス・ジュネーヴの腕時計は誕生しました。ルネッサンスと同様、宗教改革が大きな影響を与えたのです。

 

機械式時計の長い冬の時代

世界初のクォーツ(電池式)腕時計を発売したのは、日本の時計メーカーセイコーです。1969年に登場した「クォーツアストロン」は、時間精度が1ヵ月±5秒以内という高精度を実現しており、腕時計の歴史を変えたとも言われる1本です。セイコーが独自に開発した音叉型水晶振動子、オープン型ステップモーターは今でもクォーツ時計の標準となっています。

クォーツアストロンは、2004年にアメリカ電気電子技術者協会(IEEE)の「企業革新賞」と「マイルストーン賞」をダブル受賞するなど高い評価を得ています。日本においても2014年に日本機械学会「機械遺産」に認定されました。

機械式時計の中心地とも言えるスイスでもクォーツの開発は進んでいましたが、セイコーが突然クォーツアストロンを発売したのです。世界の時計業界をリードしていたスイスとしては完全に先を越される形になったのです。時計業界を牽引してきたスイス時計界にとっては大きな痛手でした。

これまでの機械式時計の欠点を補うクォーツ時計は、世界中で熱狂的に受け入れられました。そして、世界の時計市場を席巻しました。機械式時計を中心としたスイス時計産業は日本のクォーツ時計が世界に広がることで経営的に大打撃を受けることになりました。

時計市場のシェアはクォーツが獲得し、機械式ムーブメントの需要は激減します。その結果、機械式時計に軸足を置いていた企業は規模の縮小を余儀なくされ、伝統ある企業が歴史に幕を下ろしたケースも少なくありません。なかには、海外企業の傘下に入る老舗もありました。

ムーブメントで有名なゼニスのエル・プリメロは、実はこの激動の時期に開発されたムーブメントです。ただし、アメリカの企業がゼニスの経営権を握っていた時に、ムーブメントの生産中止に加え、設計図の破棄が命じられました。

この時期、時計産業から多くの技術者がいなくなりました。それまでスイス時計産業には15万人もの人が働いていましたが、需要が激減したことで人員が減少し、最も少ない時は3万人でした。実に2割まで従事者が減ってしまったのです。

その結果、クロノメーター検定協会でのクロノメーター検査数が最低水準まで落ち込むことになります。なかには、このような状況にも関わらず、機械式時計の生産を続けたメーカーもあります。

このようなケースは珍しいです。圧倒的に優れた新技術が登場したわけなので、通常はその技術を活用して商品づくりを行います。市場は完全に新技術の方を向いているわけですから、そうした方が売れる可能性が高いからです。

時計業界に限らず、新技術が登場すればそれまでの技術は追いやられます。しかし、スイスの老舗ブランドの多くはクォーツに舵を切るのではなく、機械式時計にこだわって時計づくりを続けたのです。

世界で有名なスイスの時計ブランドは、意外にも規模が小さいところが多いです。従業員数は2桁で、規模を大きくせずに家族経営でやっているケースもあります。元々規模が大きくありませんが、さらに規模を縮小したことで危機的状況を乗り越えます。また企業グループをつくったブランドもあります。

このようにして、スイス時計ブランドは機械式時計の復活を待ちながら、時計づくりを進めていったのです。この時の機械式時計界の窮地をクォーツクライシスといいます。その後、機械式時計が復活する理由はいろいろと語られていますが、実のところよくわかっていません。

クォーツクライシスから10年経ち、機械式時計が再び注目を集めるようになりました。昔の機械式時計がアンティーク時計として高値で売買され、有名ブランドの人気モデルになるとアンティーク時計でも100万円以上の値がつくことは珍しくありません。また、スイスの機械式時計へのオマージュを込めて名付けられたクロノスイスが創業したのもこの頃です。

1988年のギネスブックの表紙にはユリス・ナルダンのアストロラビウム・ガリレオ・ガリレイが載り、機械式時計がさらに注目を集めることになります。そして、機械式時計は長い冬の時代から脱出をするのです。厳冬の時代を耐え抜いた機械式時計ブランドの作品が、再び世に認められるようになったのです。

 

世界最大の時計見本市「バーゼルフェア(バーゼルワールド)」

スイスのバーゼルでは1年に1度、世界最大の時計見本市が開かれていることをご存知でしょうか。バーゼルはスイス、ドイツ、フランス3国の国境付近にある都市で、見本市の際は世界中から多くの人が集まります。

この時期バーゼルを訪れる観光客数は凄まじく、ジュネーヴやチューリヒを凌ぐ賑わいを見せます。そのため、この時期はスイスの首都が変わったのでは?と疑問を持ってもおかしくないほどです。元々スイスは観光の盛んな国ですが、「時計の王国」「聖地」として機械式時計ファンには人気の場所です。

この世界最大の時計見本市は「バーゼルフェア(バーゼルワールド)」と呼ばれ、毎年3月〜4月頃に1週間ほど開催されます。基本的には商談を行う業者メインのイベントですが、パスを購入すれば一般の方でも見学ができます。

ここ最近はブレゲやブランパン、オメガなどのスウォッチグループの撤退もあり、参加者は減少しています。しかし、世界最大の時計見本市であることに変わりありません。また、このような見本市はバーゼルフェアだけではありません。

まさにバーゼルフェアのライバル的存在であるS.I.H.H.(サロン・インターナショナル・オート・オルロジュリ:通称ジュネーブサロン)も開催されています。ジュネーヴサロンは老舗時計ブランドを中心としたものです。

これまでは2つの見本市で出展者となるブランドの取り合いをしていましたが、2020年からは2つのイベントを連続して行うようになっています(5年間)。これにより、出展者の取り合いを回避し、イベントの魅力を高め、機械式時計ファンを獲得しようとしているのです。

見本市の参加者が減少しているといっても、この見本市を訪れることは、今も昔も世界中の時計愛好家の憧れです。「いつかバーゼルフェアに参加したい」と考える人は多いです。バーゼルフェアに参加をすれば、さまざまなブランドの新作時計等を見ることができますし、愛好家同士でコミュニケーションを図ることも可能です。短期間での開催になりますが、時計関係者や時計愛好家、マスコミなどで賑わうイベントです。

時計に無関心の人でも、バーゼルフェアに参加をすれば時計の魅力がわかり、ファンになるでしょう。ちなみに、今はバーゼルフェア(バーゼルワールド)と呼んでいますが、2003年の時はBASEL2003でした。

しかし、バーゼルフェアにとってはネガティブで時計愛好家にとっても残念なニュースが入ってきています。ロレックス、フィリップ・バテック、シャネル、ショパール、テュドーなどの大手5社がバーゼルフェアへの出展を取りやめるというものです。また、2021年4月に新たな展示会を開催すると発表しました。

2019年には世界最大のスウォッチグループが出展を見送っていますが、ロレックスなどの独立系時計大手5社が見送るのもバーゼルフェアには大打撃です。また、フランスのLVMHグループ(タグホイヤー、ウブロ、ブルガリなど)もバーゼルフェアへの出展を取りやめ、ロレックス、フィリップ・バテック、シャネル、ショパール、テュドーが新たに開催する展示会に合流することを発表しました。人気時計ブランドが次々と出展を取りやめるバーゼルフェアは試練の時とも言えます。

ちなみに、これまでのバーゼルフェアでは、タグホイヤーやウブロ、ロレックス、ブライトリング、オーデマ・ピゲ、ブレゲ、ブルガリ、ゼニス、オリス、ノモス、ジン、ポルシェデザイン、シャネル、ハミルトン、シチズン、セイコー、クロノスイス、チューダー、ショパール、パテック・フィリップ、フレデリックコンスタント、ウブロなど、さまざまなブランドの時計を見て楽しむことができました。

また、バーゼルフェアのライバル的存在ジュネーヴサロンでも、IWCやカルティエ、パネライ、ランゲ&ゾーネ、エルメスなどのハイブランドが集まり愛好家の憧れでした。フランクミュラーを中心とするWPHH(World Presentation Of Haute Horlogerie)グループが開催する見本市では、フランクミュラーをはじめ独創的なコンセプトの時計ブランドが見られます。

WPHHは日本でも大規模な展示会を開催しており、2018年には東京GINZA SIXでWPHH JAPAN 2018を実施しています。

バーゼルフェアは1917年〜長い歴史を持ち、最盛期にはイベントに1700を超える時計・宝飾ブランドが出展していました。ところが高額な出展料や主催側のホスピタリティーなどに不満を持ち、2010年頃から出展を取りやめるブランドが増えていきます。そして、先に紹介したとおり、スウォッチグループの離脱やロレックス、フィリップ・バテック、シャネル、ショパール、テュドー5ブランドの見送りに至ります。

バーゼルは時計の聖地として知られる場所ですが、街自体も魅力的です。そもそもバーゼルは観光都市でもあります。美しい街並みでバーゼル美術館やアルトシュタット(旧市街)、ミュンスター(大聖堂)、バーゼル製紙印刷博物館、動物園、マルクト広場、ティンゲリー美術館、おもちゃの世界博物館、ホーセサーグ・ミュージアムなど観光スポットがたくさんあります。

また、バーゼルはスイス、ドイツ、フランス3国の国境付近に位置するため、ドイツやフランスにもすぐにアクセス可能です。1日で3ヶ国を回ることもできます。

バーゼルフェアの苦難は続きますが、時計愛好家にとって参加してみたい見本市であることに変わりありません。出展ブランドが減り、参加者が減少している状況であるからこそ、時間をかけてゆっくりと滞在できるでしょう。バーゼルの観光も兼ねて、1度は行ってみたいですね。

 

高い評価を得るアンティーク時計

スイス時計の注目されるモデルは新品ばかりではありません。現行品以外に過去の名品が非常に注目を集めています。いわゆる「アンティーク時計」です。アンティーク時計だけに手を出す愛好家も少なくありません。

アンティークの世界で高い評価を得るのは数十年〜100年以上前のモデルです。数年レベルではアンティークとも呼ばれません。数十年〜100年以上前の時計が、今でも使えることは非常に凄いことです。時計づくりの技術の高さが伺えます。このように長い間使用でき、アンティークとして高い価値が付くことはスイス時計の歴史の奥深さと言えるでしょう。

スイス時計は、どれだけ古い商品であっても基本的に修理が可能です。「古い腕時計だから修理できない」ということはほとんどありません。機械式時計は昔からそうです。どれだけ年数を経た腕時計でも修理をして、さらに長く使うことができます。そのため、定期的なオーバーホール(機械式時計は3年に1度が目安)をして何十年と同じ時計を使っている人が多いです。だからこそ機械式時計愛好家が多い理由でもあります。

長い間つけることができ、仮に腕時計が故障をしても修理してまた使える。愛着のある腕時計を自分の子どもや孫に受け継ぐこともできます。腕時計は長く使うほど愛着が湧くものです。

アンティーク時計の中には数百万円〜数千万円もの価値が付くものもあります。当時の価値の10倍以上の価値が付いていることは珍しくありません。通常、物の価値は時間の経過とともに下がっていきますが、アンティーク時計は上昇しているわけです。当時、これほど価値が上がる時計とわかっていたら、どれほどの人が購入していたでしょう。億万長者が誕生しているかもしれません。

なかには、アンティーク時計として人気の高いモデルのレプリカ品を新品で発売するメーカーもあります。レプリカと言えども大人気モデルに間違いないため、多くの人が購入をします。本家本元を買うとなると数百万円以上する可能性もあるので、比較的リーズナブルなレプリカを求めるのも当然と言えます。

しかし、アンティークにしか出せない風合いはレプリカとは全く異なるものです。そのため、時計愛好家でなくても「歴史を感じられるアンティークの方が素敵」と考える人は少なくありません。アンティーク時計は、アンティーク時計ショップやインターネットサイト、オークションなどで入手が可能です。

数百万円〜数千万円もの値が付く時計もありますが、数十万円台で購入できるアンティーク時計もあります。新品・現行品とは違ったアンティーク時計をつけることは、時計好きのステータスの1つとも言えるでしょう。

自宅にアンティーク時計や使用していない腕時計が眠っている場合は、買取査定を検討してみてはいかがでしょうか。使わなくなった腕時計を買取査定に出し、新たに自分好みのアンティーク時計を探してみてもいいでしょう。

修理やオーバーホールの証明書の有無で腕時計の査定額は変わります。
時計修理専門店で修理やオーバーホールをするとお店から証明書というのが必ず発行されます。
この証明書の有無によって査定額は変わってきます。証明書があれば修理・メンテナンスをしたという客観的な証明をすることが出来るからです。

ロレックスやオメガなど高級腕時計は査定額にも大きな差が出るポイントなので、修理やメンテナンスをしたら証明書は大切に保管しておくのがおすすめです。そして時計査定の際にはこの証明書を同封して査定に出しましょう。

執筆者

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時計伯爵
名前:時計伯爵
東京都出身/1964年生/リサイクルショップ店勤務経験20年/趣味は時計集め
…近年はリサイクルやリユースは注目されており、様々な時計買取業者が乱立しております。
その中からお客様に最適の時計買取業者をご紹介させて頂くのが私の使命だと考えております。
お客様の大切な時計が少しでも高く売れるよう、お力になれれば幸いです。

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